耘谷 元天錫 (1330~ ?)

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耘谷・元天錫 (1330~ ?)

耘谷・元天錫
高麗末期から朝鮮初期の儒学者で、雅号は耘谷である。宗簿寺正務めた元允迪の子であり、原州元氏の中始祖である。進士試に合格したが、高麗末期の乱れた政治を目にして、それ以上科挙は受けなかった。進士になったことを恥じて、雉嶽山に入って農作をしながら父母を奉養する一方、当代の儒学界の大物である李穡、李崇仁、吉再などと親しくしながら学問に励んだ。

早くから王子だったときの太宗を教えた先生であったが、太宗が即位した後に彼を起用しようと呼んだが応じず、太宗が自ら会いに出向いても会おうとしなかった。その後、太上王になった太宗の特命によって渋々で入闕した彼は、助けを求めた太宗の要求を再び拒絶した。

作品としては、高麗を懐古した時調1首が伝えられており、麗末鮮初の政事5巻を著述して箱に入れて子孫に伝えたそうだが、国史に抵触するものが多く、曾孫代に至って全部焼却されたそうだ。
耘谷・元天錫の節義は後世に亀鑑となり、原州地方の儒林たちは七峰書院を建立して師表として奉安して祭享した。