申師任堂 (1504~1551)

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申師任堂 (1504~1551)

申師任堂
江陵出身の朝鮮中期の女流文人、書画家で、大学者である栗谷・李珥を育てた韓国を代表する賢母良妻である。
申師任堂は天性が温雅して志操が高く、幼い頃から孝誠が厚く明敏で、詩文に優れていただけではなく書道、針工、刺繍に至るまで一家を成した。安堅の画風を受け継いだ絵は、韓国最高の女性画家という評価を得ている。また、「踰大關嶺望親庭」、「思親」などの漢詩が広く知られている。
19才の時に德水李氏である監察・李元秀と結婚してソウル、江陵、平昌郡蓬坪面白玉浦里などの地を移りながら暮らした。33才の時である1536年(中宗31年)、竜の夢を見て三番目の息子である栗谷・李珥を生んだ。1551年(明宗6年)に夫の李元秀が水運判官となって関西地方で勤めていた時、病が重くなり、享年48才で逝去した。朝廷は貞敬夫人を贈職した。
江陵・烏竹軒には師任堂の遺品である唐書屏風ワをはじめ、山水圖、蘆雁圖、蓮鷺圖、梅花圖、葡萄圖、草蟲圖、刺繍屏風ワなど百点あまりが栗谷の遺品と共に保存されている。文化体育部は1992年5月に「 今月の文化人物」に選定した。