可山 李孝石 (1907~1942)

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可山・李孝石 (1907~1942)

可山・李孝石
平昌出身の小説家、英文学者で、雅号は可山である。
平昌で普通学校を卒業した後、京城第一高等普通学校を経て、1930年に京城帝國大學英文科を卒業した。總督府警務局検閲系に就職したが、すぐに辞めて妻の故郷である咸鏡北道鏡城に行って鏡城農業学校の英語教師になった。
1934年から平壤崇實専門学校の教授として在職しながら作品活動を行い、1942年5月25日に逝去した。
1928年、「朝鮮之光」に短編「都市と幽霊」を発表し、共産主義革命運動に直接參加はしないが革命運動には同調する作風の作家である「同伴作家(同じ作風の作家の集まり)」として文壇の注目を集め始めた。 その後、「奇遇」、「破られる紅燈」、「露領近海」、「北国使臣」、「麻雀哲学」などの作品を発表した。
1933年、鄭芝溶、李箱、金起林、李泰俊などと純粋文学を標榜する九人会を結成するとともに、同伴作家の傾向性を捨てて、「豚」、「雄鳥」など自然を背景にする鄕土色農かな作品を発表し始めた。
1934年に自然との交感を随筆的筆体で流麗に描いた「山」、「野原」などを、1936年には「そばの花が咲く頃」、西欧的雰囲気の漂う「バラが病む」、「花粉」などを発表した。
1930年代を代表する小説家である彼の作品は、性と自然を洗練された表現で対比、融合させ、洗練された言語、敍情的雰囲気で形象化することで芸術的感動を与える小説として高く評価されている。