金裕貞 (1908~1937)

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金裕貞 (1908~1937)

金裕貞
春川出身の小説家で、1908年に春川市新東面甑里シルレ村で生まれ、1937年3月29日に肺結核で29才の短い生涯を終えた。
ソウル齋洞公立普通學校を卒業し、徽文高等高普通学校を経て1930年に延禧専門学校(現在の延世大学)、1931年に普成専門学校(現在の高麗大学)に入学したが、すぐに中退した。
1932年に
故郷に帰り、錦屏義塾を立てて農村啓蒙運動を展開する中、1933年 「山里の旅人」、「チョンガーと阿呆」を発表した。
1935年に朝鮮日報新春文芸に「雨」が当選し、朝鮮・中央日報新春文芸に「ノダジ(鉱脈)」が佳作で入選した。この年に九人會に後期同人として加入した。短い文壇活動にも関わらず、「椿の花」、「春春」、「日当たり」 など30編余りの小説と10編余りの随筆を発表するなど旺盛に活動した。
金裕貞の文学は、本質的に喜劇的な諧謔性を特徴とする。つまり、1930年代の韓国の農村の実状と生活を、荒削りながらも正確な文章、そして独特な諧謔としらじらしさで表現し、農村の構造的矛盾を喜劇的な諧謔美で構造化した独特な小説 世界を創造した。
文化体育部は1994年3月に「今月の文化人物」に選定し、毎年3月29日の忌日には彼を記念する追慕際が開かれている。